飲食店で疲弊を経験をしてフリーランスに転身し、出張シェフサービス協会に所属し成功してきた

いつもありがとうございます。

一般社団法人全日本出張シェフサービス協会

認定シェフ、料理人の田口です。

こちらでは普段のお食事から特別な食事、各種パーティなどの有益な情報を発信していきます。

目次

1、料理人を志したきっかけ

2、レストランでの下積み時代

3、下積み時代に疲弊を経験したこと

4、シェフや店長の役職時代

5、持病発覚

6、フリーランスに転身した経緯

1、料理人を志したきっかけ

小さい頃から料理が好きでした。
母親がどんなにパートなどで忙しくても晩御飯の準備だけは欠かさずしてくれていました。

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食というのは人を良くすると書きます。
そのおかげか、感謝の気持ちを抱いて将来は料理で人を幸せにすることを心に誓い、親が忙しい時には食事の用意をするようになります。

とある休日の日、家族で外食する機会があり、地元の老舗の洋食店で食したハンバーグに当時衝撃が走りました。

ハンバーグそのものの味もそうですが、それ以上に美味しい食事で人々を幸せに出来ることを知り、将来料理人を目指すことを決めます。

決して裕福な家庭に生まれた訳でもなく、ごく普通、一般的と言われる家庭で育しました。

ですが、しかし志た道へは簡単ではありませんでした。

昔からいじめにあうような弱い性格でなかなか人の輪に馴染めませんでした。

そんな人でも性格は変えることができるのです。

2、レストランでの下積み時代

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良く、飲食店では縦社会と呼ばれ上下関係が厳しく、料理人を始めたばかりだと洗い物やホールからスタートするので、一人前のシェフに上り詰めるのに最低でも10年はかかると言われています。

朝、料理長や先輩、同僚よりも早く出社し、仕事しやすいように準備とお店のオープンの支度を率先してやらなければなりません。

いかに上司に気に入られるか、職場にもよりますが、顔色を伺うような職場は多いです。

ですが、料理が好きだから上達するためには避けては通れない道なので疲弊はしますがコツコツと努力して来たからいまがあるのだと思います。

1日の流れとして、まず同じ職場で働く上司や先輩にコーヒーやお茶出しから始め、ランチタイム及びディナータイムの準備と仕込みが始まります。

前日の売上によっては当日仕込みなんて、ざらにあります。

毎日営業に間に合うよう食材の準備をするのに必死でした。

そして少しでも間に合わないと上司や先輩の怒声が飛んだり。

ビクビクしながら間に合わせようとしていた日々を繰り返していたことを今でも良く覚えています。

ランチタイム、ディナータイム共にピーク時間で100食分の食事を毎日作り続けていました。

ピークが過ぎれば翌日分の用意やソースの仕込みなどを洗い物や片付けと同時進行で進めて時に休憩取れない日もあったり。

そんな時間を過ごし、夜ディナーが終わり在庫の管理や発注、翌日の段取り、片付けをして店を閉めて帰宅できるのも上司や先輩が帰ったあと。

終電で帰宅するのなんて当たり前。

これだけ、必死に働いても当時の時給で良くて800円くらいでした。

どんなに忙しくしてもプライベートで唯一の楽しみであった、恋人とのお付き合いが1週間に1度の楽しみで息抜きは欠かさないようにするのと、日々の業務だけで終わらないための工夫は心かけていました。

それでも認めて貰えるように毎日ほぼ雑用の仕事もしてきました。

料理人を通して学んだこと、それは努力は必ず報われる。

疲弊していた頃は信じきっていました。

3、下積み時代に疲弊を経験したこと

上司には良く、言われた事は「頑張っていれば絶対いいことあるから」

最初、若い時はその通りだと信じてがむしゃらになって始発で出社、終電ギリギリまで営業終わっても包丁を研いだり認めて貰えるよう自分で料理を作ったり。

休憩を潰してまでは非効率だとも教わったため、営業中にどれだけ戦力になれるか考えて動くことを覚えます。

休む時には休む。

そうでないと、頭も働かない。

そこで学んだこと。

適度に休むこと。

どれだけ「頑張っていればい絶対いいことあるから」を鵜呑みにし続けても行けないこと。


4
、シェフや店長の役職時代

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飲食店時代、様々な役職にも着いて来ました。

下積み4~5年でまず先輩から声をかけてもらい、スーシェフを経験。

シェフのアシスタント的な立ち位置でメニュー構成や組み立て方、部下や後輩への指導を行ってきました。

シェフ不在でも店が回転出来るようにしていかなければなりません。

下積みの時よりもお客様からの目線や外からの目も一段と気するようにしないといけません。

もちろんですが、料理だけできてもダメな職種です。

ホールも経験し、店長を通して店全体の管理も大事だと気付かされました。

飲食業では避けては通れない道。

接客も仕事のひとつです。

お客様の食べるタイミング、食の空間を大切にするポイントも勉強にもなるので非常に大切な業務を学ばせて頂いて来ました。

数字のコントロール、在庫の管理も大事になってきます。

飲食店では在庫を抱え、管理して販売していきますが、出張料理では基本的にロスを出さないように必要な分だけ仕入れ、調理して提供していきます。

役職を経験したことで今の活動に役立てられています。

身体ひとつで自ら培ってきた技術や知識のみで日本全国、時には海外へも出向くことができます。

このご時世ですから、飲食店で在庫を抱えるよりも効率よく短時間で高い収入を得ることができるのです。

食材や調味料は現地で調達すればその地域や現地の文化や味付けにもこだわることができます。

そうしたシェフや店長の経験から、食材にもより身近に触れることが出来、お客様1人ひとりの嗜好に合わせた料理を提供することができます。

5、持病発覚

順調かと思われたそんな中、過労により動かせなくなり仕事ができなくなりました。

「下肢静脈瘤」

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発覚した瞬間、目の前が真っ暗になりこれからどうしていこうかと、その場で泣き崩れました。


血流の流れが悪くなり、足が腫れて立っているのも辛くなるほど大変な病気にかかってしまったと当時、かなり落ち込みます。

遺伝とかあるから仕方ない、じゃあ今後どういうふうに捉えて乗り越えていくかを考えることにしました。

普段の生活リズムや食生活、身体のケアなども一層気をつけなければということ。

頑張りすぎない。

これも大事なのです。

適度に休める時に休まなかったツケがきて自分が撒いた種。

それを肝に銘じて身体の事を考えて動こうと決心して

下積み時代に疲弊を繰り返してきた疲れがきっとあるのかと考え、そこから働き方を模索し始めます。


6
、フリーランスに転身した経緯


持病が発覚したから、ということもあるのですが

その中でもめげずに努力してきたおかげによりその努力を認めて頂いた方や、今までお世話になってきた方などへの感謝の気持ちがあり、そういった方々に恩恵の意も込めてフリーランスに転身しようと決意し出張シェフサービス協会に加入を決めました。

何故、レストランでなく、フリーランスなのか。

何も、レストランから離れなくても良いと思います。目の前でお客様の反応もわかる。

ですが、より間近で幸せや喜んで頂けるのを感じ取ることが出来る。

収入面にも変化が。

1回の案件の金額もおひとり8000円前後ということで複数名のご予約で1日の労働の日給をはるかに超えることができます。

飲食店では最低でも12時間以上働かないと手取りで20数万だったのが、フリーランスになってから時間が短くて同じ手取りにして最初のうちは最低25万円。

数字の上でもわかるかと思います。

明らかに時間が取れるお仕事です。

そう。

時間が圧倒的に取れるようになったのが要因です。

時間が取れるようになった影響で今まで出来なかったことが出来るようになるのです。

疲弊していたからこそ、病気もしてきたからこそ時間を得ることで好きな事や物にも手を伸ばすことも出来るのです。

協会に所属させて頂き、出張料理人として活動する中で飲食店の時よりもお客様が感動したり喜んでいる姿がより目の前で感じ取ることが今では生き甲斐です。

ご家庭で飲食店のようなサービスを料理人が目の前で奮うという経験を味わうことはなかなか無いと思います。

そして今では数ある出張料理サイトですが、所属させて頂いている出張シェフサービス協会がナンバーワンです。

ナンバーワンのサービスをお客様に堪能して頂きたく、活動しています。

料理の味は然ることながら、空間のコーディネートや

お客様にはプライベートな一時を味わって頂きたい、同じ料理人として共感の出来る人も共に成長し合っていけるような方も是非お待ちしております。

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